新たなる自由へ 8

10/31 ボンジョルノ アハーン24 in NIKAI
やっと、無事開催できましたことを熱く御礼申し上げますとともに、
NIKAIカワイご夫婦、HEDGEHOGモリミエ、ジャスティン、来てくれた皆さん、誠にありがとうございました。
おかげさまで、25回めに気持ちよく進みます。
来年春に予定しております。
よろしくおねがいします。

そして、この日は、衆議院選挙。
午前中から、投票率の低さをメデイアは伝えてましたが、
僕の投票場所は、けっこうな人が並んでいました。
今回もメディア先行な選挙は変わらなかった。
そして、若干の新たな動き!はありましたが、
与党、野党、変わらなかった。
コロナ禍社会になって、より変われなくさせられているようにも見える。
給付金がばらまかれていることも一つだろう。
都合の悪かったことは見ないようにするのが、戦後の日本のやり方とも言われている。その延長線上に、新型コロナ感染症、パンデミックがやってきた。
フランスの哲学者アドリアンは、「自分にとっては、コロナにかかるより、ずっと家にいるほうが命を脅かしている」と言っている。このような考えに共感している日本人は、逆におかしな人間であるかのように日本では、見られる。
日本社会は、そういった人々を、見ないふりをして、無視する。
政府、メディアに植え付けられた「コロナは危ない」という世界観を脅かされたくないようにも見え、それを変えようとするものは、一斎見ようとしないし、存在すらしていないものにする。
そうなることは、自分の存在すら消すこともなるのに。
「おとなしく従っていればいい、そうすれば、やがてコロナは過ぎ去っていく」
この考えに従うということは、
「生きてるだけの奴隷」「一億人総白痴化」「総奴隷化状態」ともいえる日本の状況とも言われている。
戦後、憲法9条で安全保障をアメリカに委ねることになった日本は、
自分で自分を守れない「家畜」となったとも言える。
日本は、アメリカの保護領なのだ。
そのアメリカが、今、大きく揺れている。
その中の衆議院選挙。
「何を変えられるっというのか!!!!!」
と、政治家の心の叫びが聞こえてきそうだ。